2008年8月16日 (土)

みっちゃんの近況!

振り返れば昨年の12月から更新していなかった!

お盆休みを利用する形で父「みっちゃん」の施設移動をした。

正確に言えば今回は元の施設に戻していただいたのだ。

みっちゃんは元自衛官なので几帳面に片づけをする癖が着いていて手のかからない入所者で、スタッフの方には人気があるらしい。

しかし、あまりに暇だと言っては、自分の荷物をあまりにも見事に荷造りしてしまうのには、家族もスタッフも困ってしまった。

「暇なんだもーん!」

と言っては荷造りするので暫くほったらかしておいた。

毎日施設の食事の後片付けも、リネンのお片づけも手伝うらしく、そのたたみ具合の見事さにスタッフも驚いてくださったが、本人お手伝いしたことを忘却してしまい、再び「暇なんだもーん」を繰り返している。

最近の若者の「労働意欲の低下」と真逆だよねぇ、と母と話している。

別けてあげたいね、彼の天性の明るさと労働意欲!

そして驚くなかれ80歳で20本の歯があった!

歯の噛みあわせが悪いと訴えたので、歯科医の出前をお願いしたら、先生が驚いていた!

来年の6月4日(虫歯の日)に表彰してもらえないかなぁと画策している!

食欲ばっちりなのできっと長生きできると信じているのだが・・・・

むしろ小さいからだが夏ばてで3キロ減ってしまった体重の母の方が心配だ。

一人暮らしだから彼女の方が目が行き届かず、ちょっと困ったなぁと感じている。

施設にお世話になっていると完璧に近い観察の目があるから、栄養も偏らずダイエットにもなって体調がよくなるらしい・・・

私自身が入所したほうがいいかも・・・ダイエット!

さて、母の肖像(人形)を今回は公開しておこうかな。

父の脳裏にある「40代の母」を人形で作成してみた。

こんな感じの母「レイコちゃん」です!

1

| | コメント (4)

2007年12月20日 (木)

みっちゃんのクリスマスとあたしの誕生日

みっちゃんがお世話になっている施設は、老健というところ。

今日は「クリスマス会」があり、父みっちゃんは合奏のリードを勤め上げたのであります。

みっちゃんのパートは木琴でのリード。

学習する時に必要な記憶能力に障害があるはずなのに、見事にアンコールまでこなしたのだそうだ。

施設からの「ご招待状」を頂いた母が鑑賞にいってきた報告で知ったことですが、正直一緒に見に行きたかった。

仕事に縛られていると、距離は大きな問題。

食べていくために東京のど真ん中で便利に暮らしているけれど、両親のそばに居てあげたいなぁとつくづく思うのです。

幼稚園児のお遊戯でもあるまいし、という方もあるかもしれないけれど、私にとっては「人見知りの激しいみっちゃん」が一生懸命仲間と一緒に何かをするなんて、最高の幸福。

そして、もう一つのいい話。

私の誕生日に、みっちゃんから電話があった。

携帯を自分でかける事もできないみっちゃんに、施設の人が気をきかせて下さり「お嬢さんの誕生日ならば、お祝いの電話をしてあげようよ!」と手伝ってくださった。

「いやなに、誕生日じゃろ」Ts311406

と、その気もなかったのに、ついでだからという風情で話すみっちゃん。

きっと、みっちゃんは照れくさかったね。

でも、本当に嬉しかった。

だって、こんなに長く生きていて、みっちゃん単独のお祝いコールは初めてだったのだから。

嬉しかったよ!

会社の廊下で泣いたよ。

新しい、親子のつながりの始まりなんだろうと感じていた。

ありがとう、みっちゃん。

お正月は、母れいこちゃんと三人で宮島のホテルで過ごすぞ!!待っていてね、みっちゃん!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月17日 (土)

象の背中

映画の話ではなく、アニメーションの話です。

TVでアニメの紹介を観ました。

お化粧しながら泣きました。

実は、人間の脳にはある遺伝子が組み込まれていて「命のタイマーのカウントダウンを意識しないように!」という指令が出ているのだと聞いたことがあります。

そうです、「命の終焉」のエンドマークは全ての人間に平等に「ついている事」を知っているのに、決して意識しないようにセットされているのだそうです。

意識してしまったら、その日を迎える恐怖に、自ら最終日を選択することになるのだそうです

命のカウンターの数値が読み取れないから、人間は不安なく生活できるのだそうです。

私自身、2度大病をして「カウンターの残数値」を見た経験があります。

けれどそこで強いのが女性だと言われています。

私もそうでしたね。

当時既婚者だった私は、もうだめだと諦めかけた最後の一瞬、「夫を残しては逝けない!両親を看取らずには逝けない!」と体のそこから力が沸いてきて「生きていたい!」と心底で叫んでいました。帰ろう、生きるんだ!と決めました。「死にたくない!死んでなるものか!」と声には出さず泣いていました。

同じ経験を仲間の一人がしました。

彼女は末期の胃がんで、「後3ケ月は無理」と言われ「緊急オペ」で胃の全摘出手術を受けるはずでしたが、癒着がひどく執刀医は開腹はしたものの、そのまま傷口を縫ってしまいました。

ところが、内科に戻そうとしたら担当医が学会で留守!

困った執刀の外科担当は医師の面目にかけて、何もしないわけにいかないと「抗がん剤」を投与。

その「抗がん剤」が奇跡的に効き、彼女は彼岸に行かず戻ってきました。

彼女も緊急オペに入るストレッチャーの上で「これで逝くんだなぁ」と思ったそうです。

体の力が抜け、意識が遠くなり諦めかけた最後の瞬間、「逝ってはいけない!夫を置いていけない!仲間の応援の声を無にしてはいけない!私は一人ではない!」と感じたそうです。その瞬間、「足の指の先から力が沸いてきた!」と言いました。命が戻ってくるのを感じたと言います。

その瞬間のことは、体験した人間にしかわからないかもしれません

でもカウンターの数値を読み取った瞬間、その急激なカウントダウンを緩める力も内にあるというのも事実だと思うのです。

諦めてはいけない。

決して長生きだけが正解というわけではないでしょう。

でも「ある朝ドアを開けたら、その通知がやってきた」としたら、私はどうするのだろう・・・2度も経験したはずなのに、それでも日々の生活で普通の生活を取り戻したら、あの恐怖を忘れている。

なんて人間は「ゲンキンな生き物なのだろうか」。

象の背中・・・マザーテレサの悲しみを思い出す。

彼女は生存中には決して話さなかったけれど、残された日記の中に、神を憂う言葉があったと言います。

それでも他者のために生きたマザーテレサ、彼女の生き方を羨ましく思います。

私も末期がんだった仲間も「夫や両親、仲間の励まし」で生き延びました。

自分のためには出来ないことも、他者のためならできる。それが女かもしれません。

そう、彼女が帰ってきてから10年以上になります。

今も元気です。

Mv http://www.ponycanyon.co.jp/zo-tabi/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月13日 (火)

谷中のブルテリア-Ⅱ

コメントを頂いていたのに気がつきませんでした。しかも・・・

『このブルテリアはオスで名前はロックです。
ちなみに一緒にいるワイヤー・フォックス・テリアもオスで名前はパンクです。』

Ts311268 

すみません!彼女と紹介してました。

猫の街「谷中」で出会ったブルテリア「ロック」様に感謝。

ついでに初めて出会ったデカイ「プードル」

従姉妹に言わせると、あれがプードル

いつも見てるのは「フレンチプードル」と言って小さいのだよ!つまり本当のプードルは中型犬?

初めての出来事だった。

谷中は犬の町でもあった。

Ts311245

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鹿児島の旅

みっちゃんの介護から仕事に復帰してから鹿児島・岡山・松山・長崎と出張に行った。

写真を撮影してもなかなかアップしていなかった。

反省。

空港から出張先までの移動時間に昼食。

Ts311116_2 

兎も角、時間がないので鹿児島ラーメン。

鹿児島のラーメン屋さんではのセットが普通です。

Ts311115

それは「お漬け物」。

当たり前のように味もボリュームもあります。

鹿児島人は他の地方でラーメンを食べると驚くそうです。「お漬け物」が無くって。

ほう・・・私の故郷では、

「コーヒー」を頼むと「お茶」と「昆布茶」と「オカキ」または「ビスケット」がついて一緒に提供されていました。

しかも同時にです。 今は東京とあまり変わらないサービスにトーンダウンしていますけど。

で、陸路鹿児島から福岡を抜けて広島へ向かう列車の中で・・・

Ts311143 これが意外と美味しかった・・・

Ts311144 JR九州の車両がいいのは周知ですが・・・

やはり、いいんだよね、JRのセンス。

同じJR(ま、会社は違うんですけど)でもセンスやサービスがこんなに違っていいのかなぁ?

ひどいよね、運賃もかなり違う。Ts311140

東京・広島間の往復と、広島・東京間往復で最大3000円違うって何?!

しかも大阪博多間のレールスターの車両は2人掛けのみ。

しっかりしろよ!と言いたくなるのよね。

あ、鹿児島で感じたのは「物の怪」が住める森があるということ。

絶対生活できそうな場所があった。Ts311112

ちょっと嬉しかった。

Ts311113 今度いけるのはいつかなぁ・・

鹿児島・・・

両親に贈った最初の旅、そこが鹿児島だったんだけど。

あれから随分たったんだなぁ。

今でも覚えてるってみっちゃんが言ってました。

レイコちゃんの台詞が忘れられない・・・

「飛行機からね、下を見たらね、地図と一緒だった!!!!」

感激した帰宅第一声がそれだった。

レイコちゃんらしい感想に思いっきり笑った。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月 6日 (火)

みっちゃんの憂鬱

Photo みっちゃんが倒れる直前まで愛車に乗っていた。

みっちゃんは若いときから車が大好きで、ずっと乗り続けてきたけれど、その長いライダー人生で「普通車」に乗ったのは1度だけだった。

年間の経費の問題が一番大きかったのだろうし、扱いやすさもあったらしい。

登山も大好きだったから、夜が明ける前に車で出発し麓で登山できる明るさを待っていた。

そのために「寝袋」を父の日に贈った。

そんなみっちゃんが倒れて「ボケ」ていく頭の中で「一番気にかかった事」が車のこと。

妻や娘のことでも、自分の体調の事でもなかった。

まぁ、その辺りが「みっちゃんらしい」話だ。

結局彼の決断は、私の幼馴染に譲りたいという事だった。

いま、愛車はその幼馴染の旦那が愛車として可愛がってくれている。

去年の春先から「車を盗まれた」と、駐車した場所を忘れて悲しそうに母に訴えることが何回かあった。

その度に「落ち着くために食事やお茶をゆっくり一緒にした」という母。

結局、毎回母の想像通り「みっちゃんの主張とはちょっと違う駐車場所」で発見した。

体が運転を覚えているから大丈夫!と言い続け、80歳になったら「止める」と約束していたが、その前に諦めることになってしまった。

でも小さな子供を巻き込む事故や、他の人に迷惑をかけるような事故にあわずにライダー生活を終了出来た。

その暇になった時間を、毎日話し相手になってやりたいと思うのに、出来ないのが寂しいなぁ。

因みに双子のように似ていた弟「のぶおくん」の趣味はボーリングだった。

腕前も、地元での知名度もかなりのものだった。

二人ともめっちゃ男前の兄弟で、結構もてたと思う。

まだ、一番上のお兄ちゃんが元気だ。

80歳だけど、運転している・・・みっちゃんが聞いたら羨ましいと思うかな。

今年のお正月は温泉にいけた。

もう無理かなぁと思ったけど、正月の温泉を予約した。

母の足が悪くて心配ではあるけれど、親子三人で「温泉に行く!」

両親との時間は限られているけれど、できるだけ「同じ時間を過ごしたい」と思う。

一番の親孝行は一緒にいることだと思うから。

待っててね!みっちゃん!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月25日 (木)

脳内メーカー 

Photo_4

脳内メーカーの話を今頃知った。

だからどうだと言うのではないが、新し物好きではないので情報に疎いかも。

で、やってみたら、自分のはこんな感じ。

ちょっと幸福な頭の中。

で、みっちゃんのもやってみた。

あまりにも今の状況にピッタリだった。

見せたら本人は

「どんぴっしゃり!」と言うと思った。

「変」と「悩」という漢字が入っていた。

もっと一緒にいてあげられたらいいのになぁ・・・・と思う。

一人っ子だから、働かなければ食べていけないから、遠く離れている。

友人が、こう教えてくれた。

お父さんには、お父さんの役割があるんだよ。

だから、病気になったけど、それも何かの役割で意味があるのだよ。

そう、父には父の役割がある。

仕事で病んでいた私を、介護という状況で救い出してくれたのだ。

今一度、親子の関係をしっかり考えさせてくれた。

無償の愛というものを、考えさせてくれた。

「東京へ帰るからね」

「帰らんでもいいのに・・・」

父、みっちゃんは小さい声で私に言った。

本当は大きな声で言いたかったね。

でも、ボケていても娘の状況は理解できているから、その場では我儘を言わない。

後で母に思いっきり当たっていた。

そして「娘も妻も、ここに来たことがない」と来客に言っていた。

ま、その台詞の訳は別にあったんだけど・・・

それは次回にしましょう。

時間軸を自由に行き来している、みっちゃんに感謝!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月24日 (水)

谷中のブルテリア

Photo その姿を見たのは、谷中。

後ろ姿を見たときは、置物だとおもった。

動いた!

ええ!?

ホンマモン?

そう、彼女は素敵で優雅な動きで、くるっと正面を向いてくれた。

名前、聞くの忘れちゃった。

この話、みっちゃんにしてあげよう。

彼は、ブルテリア好きだろうか?

犬派だから、気に入ると思う。

Ts311268_2 谷中は猫の町と聞いて出かけたけれど驚いたことに犬さまも大勢見掛けた。

彼女に会いに、もう一度出かけようかな。

みっちゃんも連れていきたいなぁ。

とりあえず、写真見せなくては!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

みっちゃんの日記

父「みっちゃん」が入院して手術をした。

術後に認知症は、改善されるはずだったが、ハッキリと進んだ。

ただ、手術前には無表情で覇気が無くなっていた状況から、昔の明るさを取り戻していた。

「頭のネジが緩んだから、しめんとイカンのだけど、うまくシマってないからね、頑張ってしめようね!」と話しかけた私に・・・

「そのネジがどこにあるかわからんけん、ようしめられんのんじゃ!」

と、返してきた。

お主、やるのう!と、感心した。

本当に認知症か?君は!と、我が父ながらそのユーモアに感動した。

5秒しか今の記憶は維持できない。

過去の記憶は一杯ある。

メモリーが一杯になったけど、ハードディスクも拡張できないし、新規の書き込みが拒否されている。

こんなに面白いのに、残念だと思った。

なので、日記を作ってみた。2005

新しい習慣を身につけることが難しいのだから挑戦でもあった。

8月の中旬から、今日まで、毎日書きこみ事はなかなか出来ないが、続いている。

父「みっちゃん」の日記。

少しずつ漢字も忘れていくけれど、私の名前も漢字で書けなくなってきたけど、それでも愛おしいと思う。

彼の外部メモリーとして、ちょっとだけ他人とのコミニケーションツールとしても役割を果たしてくれている。

何より、周囲の人間が楽しみにしている。

似顔絵とコメントを入れて作ったオリジナルの「みっちゃん」の日記。

遠く離れている一人娘の私が出来る、父への親孝行。

この次のシリーズにはどんな工夫を入れて作るか、考えよう!

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2007年10月21日 (日)

父の時間 水頭症という病気

父の時間が、うまく進まなくなりました。

7月の24日に下半身がうまく動かなくなり、助け起こそうとした母の足の上に落ちるようにして倒れこみ、その時から彼の時間は先に進まなくなりました。

200708092109000 足腰が立たない状況に、過去に患った「圧迫骨折」だと考えて、母は主治医に連絡し、総合病院の整形外科に救急車で搬送。

しかし、病院のスタッフの連携で「水頭症」という脳の病気だと判りました。頭の中に髄液がたまり、脳を圧迫した結果、最後の症状が出たのだそうです。

残念ながら、最初の手術にミスがあり、3日間に2度も全身麻酔をかける手術をしました。

そのせいかどうかわかりませんが、結果的に認知症がすすんでしまいました。

「水頭症」という病気は赤ちゃんの病気として知っていましたが、脳腫瘍やクモ膜下出血などから結果的にこの病気になるとは知りませんでした。

しかし、まれに老化によって自然に発症するケースもあるそうで、父の場合はこの自然になったケースのようでした。

今年のお正月に家族旅行をしたときに、旅館で独りでお風呂にいけず、私が送り迎えをしないと大浴場にいけなかった。

母に頼まれたお使いの品物をすべて忘れ、頼まれていないと怒ったり、駐車した場所を忘れ、「車を盗まれた!」と青い顔で母と一緒に駐車場の中を捜し歩いたり。

その頃から、母と覚悟はしていたけれど、彼の時間はこの夏から、同じところをスパイラルにまわり始めたようです。

手術のお陰で「歩行困難」は回復したけれど、新しい記憶が難しいのです。

会社の仕事を仲間に肩代わりしていただき、2か月近く父の看病をし、介護保険の申請や施設探しをし、9月中旬に足を痛めた母に介護を託して、東京に帰りました。

父の回る時間の話を少しずつ書いていこうかな、考えています。

今までとは方向性を変えるわけではないのですが。

同じようなことを経験された方の話を聞きながら、私も誰かのお役に立てるといいなぁ、などと考えながら、父の「周囲を明るくするボケ」のお話をしていきましょう!

父「みっちゃん」のお話をゆっくりと。Ts311251

                           谷中の指人形・・ジジババさまが素敵です!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

«実家